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三度の敗戦

日経新聞の第一面1に、共食いされたF-2戦闘機の痛ましい写真が掲載され耳目を集めているが、これは予算の問題ではない。これは、我々日本人の願いに発するものであり、我々の近代に対する三度目の敗北の兆しなのである。

現下の国防に表出している問題は、兵器の低稼働や弾薬の不足のみにあらず。将兵をして資材の不足を補うための作業管理に忙殺せしめ、素養向上や個人充実の機会を逸失せしめ、平時にも拘らず自ずから兵力を削いできたこと;軍事支出を圧縮し焦土からいち早く復興する2ためとして、あるいは戦力投射能力を極小化し専守防衛を実践するためとして、兵站を軽くしてきたこと;この環境の下で、捨て身の戦術を立案せしめていること;これらこそ、憂うべき現実である。

共食いされるF-2戦闘機

予算の増額で解消する面もあろう。しかし、同じ予算の下であっても、分権的な指揮文化3の醸成やアジア・ヨーロッパ諸国との連帯によって、資源を効果的に配分し、整備補給を考慮した兵器を開発し得たことを忘れてはならない。失敗の本質は、専守防衛対米依存という空気の中で姑息に選択されてきた諸政策が、研究開発生産基盤の薄弱、封建的統制4、対米交渉力の弱さ、アジア諸国の信頼を受くべき盟主たる地位の断念を導いたことにある。自主・共存・持続を備える安全保障体制から遠ざかり、自己革新できない組織5に陥り、戦略の不備を戦術で補う苦境が常態化するという、大東亜戦争6敗戦の構造を再演しているのだ。 

絶望的抗戦7は、現場の卓越した技能と忍耐力、そして閉鎖的風土により、粉飾されてきた。そして、勇ましき主張を展開する国家主義の御仁は、超大国に依存するが故の脆弱性から顔を背け、高邁な理想を掲げる楽観主義の活動家は、平和や文明が暴力の独占に支えられてきた事実を見ようとしなかった。民主制において、現実を直視する輿論なくして、政策が改まることなし。隠す者はもちろん、見ぬ者も許されない。 

この病は、日本社会の至るところに蔓延している8病巣は、場の空気に甘んじ、有力者に甘え、出る杭を打つ我々の心にある。不幸が我々の選択の結果であることを引き受け、陶冶のために自由を使用する共同体的自己決定9を実践しなければ、永続敗戦10から脱却することはなかろう。一身独立して一国独立する11の警句は、令和の今日にも生きる。

ペリーによって黒船に掲げられた31星旗は、91年6か月と20日後、マッカーサーによって降伏文書の調印のために停泊したミズーリ号に展示された12

近代に対する初めての敗北は、黒船来航13であった。そして我々は、91年と6月の後14、米国の麾下に入った。二度目の敗北から91年半後まで14年ある。これだけの時間があれば、社会を変えられる。ペリー来航から王政復古の大号令15まで13年11か月弱、明治の改元16まで14年8か月強だったのだから。

我々が取り組むべきは、独立不羈の精神の基盤のための投資であり、分権である。明治政府が敷いた中央集権を維持していては、地元に再配分する政治家が地域からの支持を受ける構造が温存される。あらゆる地域自治の場、職場、教育の場で、任せるのではなく引き受ける精神を涵養し、江戸時代に我々が持っていた温情ある自己決定の伝統を再びつくるのだ。

そして、こうして築かれた社会は、避けることのできないグローバル化の荒波からの防波堤にもなるだろう。

註釈

  1. 「稼働できる航空機が足りません。編隊を組む演習では規定の機体数が用意できないです」。航空自衛隊でこんな悲鳴が上がる。 陸海空の3自衛隊全てで同じ声がある。近年は航空機や戦車など装備品の稼働率が大幅に低下している。 防衛省は非公式に実態を調査した。全装備品のうち足元で稼働するのは5割あまりだった。稼働していない5割弱のうち半数は「整備中」だが、残りは修理に必要な部品や予算がない「整備待ち」に分類された。
    (中略)
    弾薬の中でも深刻なのは、ミサイルを迎撃する地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)などに使う精密誘導弾の不足だ。自衛隊幹部は「南西諸島で有事があれば数日も持たない」と明かす。
    (中略)
    日本に単独で大国の侵攻を防ぐ力はない。「米軍の増援が来る数週間をまず耐えしのぐ」との狙いで基盤的防衛力を想定し、装備品などを整備してきた。いまの継戦能力ではその目標すら達成できそうにない。

    「防衛装備品、5割が稼働できず 弾薬など脆弱な継戦能力-防衛費を問う②」日経新聞、第1面、2022年9月6日。

  2. 「戦争に負けて外交に勝った歴史がある」として推進された吉田ドクトリンは、晩年の吉田茂自身によって既にその歴史的使命が果たされたものと認識されていた。
  3. 戦場の霧を前提として、同じ資源を持つ集団が対決する場合、より下層に権限が委譲されている集団の方が情報処理速度の面で優位である。ただし、敢闘精神、手段への精通、目的一致、政策への服従により、暴力の統制が行われていることが肝要である。
  4. 一種の精強さの源となり得ることに一定の留意が必要だが、五ノ井里奈元1等陸士が勇気を以て告発したセクシャルハラスメントと隠蔽の源でもある。作戦効果向上論の存在すら認知されない現状だが、「制服を着た市民」としての批判的服従についても議論が待たれる。
  5. 野中郁次郎は、自己革新組織を、主体的に新たな知識を創造しながら、既存の知識を部分的に棄却あるいは再構築して、自らの知識体系を革新するものとし、その原型を米国海兵隊に求めた
  6. この文脈では、現代に生きる我々の三度目の敗戦の当事者意識を強調するため、我々が当事者として戦い、敗れた戦争という意味で「大東亜戦争」を用いる。
  7. アジア太平洋戦争は、戦略的攻勢期、戦略的対峙期、戦略的守勢期、絶望的抗戦期に区分される。昭和19年8月から20年8月までの絶望的抗戦期には、膨大な戦病死、餓死を出したが、全戦歿者310万人の9割が昭和19年以降の戦歿と推算される。
    吉田裕『日本軍兵士 ――アジア・太平洋戦争の現実』中公新書、2017年
  8. そもそも軍隊とは、近代的組織、すなわち合理的・階層的官僚制組織の最も代表的なものである。戦前の日本においても、その軍事組織は合理性と効率性を追求した官僚制組織の典型と見られた。しかし、この典型的官僚制組織であるはずの日本軍は大東亜戦争というその組織的使命を果たすべき状況において、しばしば合理性と効率性とに相反する行動を示した。つまり、日本軍には本来の合理的組織となじまない特性があり、それが組織的欠陥となって、大東亜戦争での失敗を導いたと見ることができる。日本軍が戦前日本において最も積極的に官僚制組織の原理(合理性と効率性)を導入した組織であり、しかも合理的組織とは矛盾する特性、組織的欠陥を発現させたとすれば、同じような特性や欠陥は他の日本の組織一般にも、程度の差こそあれ、共有されていたと考えられよう。
    ところが、このような日本軍の組織的特性や欠陥は、戦後において、あまり真剣に取り上げられなかった。たしかに、戦史研究などによりさまざまの作戦の失敗は指摘された。そして、多くの場合、それらの失敗の原因は当事者の誤判断といった個別的理由や、日本軍の物量的劣勢に求められた。しかしながら、問題は、そのような誤判断を許容した日本軍の組織的特性、物量的劣勢のもとで非現実的かつ無理な作戦を敢行せしめた組織的欠陥にこそあるのであって、この問題はあまり顧みられることがなかった。否むしろ、日本軍の組織的特性は、その欠陥も含めて、戦後の日本の組織一般のなかにおおむね無批判のまま継承された、ということができるかもしれない。たとえばそれは、企業のリーダーが自己の軍隊経験を経営組織のなかに生かそうとしたり、経営のハウ・ツーものが日本軍の組織原理や特性を半ば肯定的に援用しようとする傾向などに、見ることができよう。

    戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎『失敗の本質 ――日本軍の組織論的研究』中公文庫、1991年。

  9. 宮台真司
  10. 白井聡は、日本がアジアにおける米国の最重要同盟国たることが、国内とアジアとに対する第二次世界大戦の敗戦の否認を赦し、敗戦を否認する限り米国への盲従が続く構造を「永続敗戦」と名付けた。
    白井聡『永続敗戦論――戦後日本の核心』講談社+α文庫、2016年
  11. 独立とは自分にて自分の身を支配し他によりすがる心なきを言う。みずから物事の理非を弁別して処置を誤ることなき者は、他人の智恵によらざる独立なり。みずから心身を労して私立の活計をなす者は、他人の財によらざる独立なり。人々この独立の心なくしてただ他人の力によりすがらんとのみせば、全国の人はみな、よりすがる人のみにてこれを引き受くる者はなかるべし。

    福澤諭吉『学問のすゝめ』

  12. “Object 89: Perry’s Flag, Present at Japanese 1853 Opening & WWII Surrender” USNA https://www.usna.edu/100Objects/Objects/object-89.php
  13. 嘉永7年1月16日(グレゴリオ暦1854年2月13日)
  14. 昭和20年(グレゴリオ暦1945年)9月2日
  15. 慶応3年12月9日(グレゴリオ暦1868年1月3日)
  16. 明治元年9月8日(グレゴリオ暦1968年10月23日)
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